1. アンカリング効果とは
人間は合理的に判断しているつもりでも、最初に目にした数値や情報を基準(アンカー=いかり)にしてしまう傾向があります。
この現象をアンカリング効果と呼びます。
「定価10万円 → セール価格5万円」と提示されると、5万円でも高いのに「安い!」と感じてしまう。
「この患者さんは重度です」と聞けば、実際の症状を客観的に見る前に“重度”という色眼鏡でとらえてしまう。
これがアンカリング効果の典型です。
2. 心理的メカニズム
なぜ人は最初の情報に縛られるのでしょうか。
- 初頭効果:最初の情報は記憶に強く残る
- 調整の不十分さ:基準から修正して考えようとするが、十分に修正できない
- 確証バイアス:最初の情報を裏付ける証拠ばかり探してしまう
つまり「最初の一言」が、その後の判断を大きく方向づけてしまうのです。
3. 身近な例
- 買い物:「半額セール」と聞くと、本来の価格妥当性を冷静に判断できなくなる
- 交渉:最初に高額を提示されると、その後の妥協案も“妥当”に見えてしまう
- 健康:「この治療は大変です」と聞けば、軽度の副作用でも深刻に受け止めやすい
4. ラベリング効果との類似点
ここで「ラベリング効果(レッテル効果)」と比較してみましょう。
- ラベリング効果:与えられた「名前や評価」が自己認識や他者の態度を変える現象
- 例:「あなたは優秀だ」→ 本当に優秀に振る舞う
- アンカリング効果:与えられた「最初の数値や基準」が後の判断を固定化する現象
- 例:「この人は重度」→ 本人の改善を見逃す
両者の共通点は、
- 「最初の情報」がその後の思考・行動を無意識に方向づけること
- ポジティブにもネガティブにも作用すること
- 医療・介護・教育の場面で大きな影響を持つこと
違いは、
- アンカリングが「数値・基準」に作用するのに対し、
- ラベリングは「言葉・評価」に作用する点です。
5. 医療・介護現場での具体例
- アンカリング効果
- 「歩行は困難です」と先に言われる → 実際に歩けるようになっても改善を見逃す
- 「費用は10万円です」と最初に提示される → 補助で5万円になっても“安い”と感じる
- ラベリング効果
- 「自立心が強い方です」と言われる → 本人も意識して自主的に行動する
- 「扱いにくい人です」とラベルを貼られる → 支援者全体がその先入観で接する
6. 活用と注意点
活用法
- ポジティブなアンカーを設定する
例:「まずは1分歩ければ十分」→ 達成感を与える - ポジティブラベルと組み合わせる
例:「1分歩けたのは“回復”の証ですね」→ 自己効力感を高める
注意点
- ネガティブな初期情報(「重度」「問題利用者」など)は固定観念を生み、回復や改善を阻害する
- 最初の数字やラベルは修正が難しいため、初回説明・初回評価は特に慎重に言葉を選ぶ必要がある
7. まとめ
アンカリング効果もラベリング効果も、「最初の情報」が人の判断や行動を縛るという共通点を持ちます。
違いは、アンカリングは数値・基準に、ラベリングは言葉・評価に強く働く点です。
支援や教育の現場では、最初にどう伝えるか、どんなラベルを与えるかがその人の未来を左右します。
「最初の一言が“基準”となり、“レッテル”となる。
支援者の言葉は、相手の心の航路を決める羅針盤になるのです。」