1. 「逃げる」は悪ではない
多くの人は「逃げてはいけない」と教えられてきました。けれど心理学的には、逃げることは心を守るための自然な選択肢です。
強いストレスや危険な環境に直面したとき、「戦うか逃げるか(fight or flight)」という生理反応は、人類が生き延びてきた根源的な仕組み。つまり「逃げる」は本能的で合理的な行動なのです。
2. 「逃げる」と「目を背ける」のちがい
しかし、「逃げる」と「目を背ける」はまったく異なります。
- 逃げる:問題や不安を認識したうえで「今は距離を取ろう」と判断する行動。
- 目を背ける:問題そのものを「存在しない」ことにして直視せず、放置する態度。
心理学では、前者は「適応的な回避 coping」、後者は「不適応的な否認 defense」とされます。
3. 多角的心理学アプローチから見る「目を背ける」
ストレス対処理論(ラザルス & フォルクマン)
- 逃げる=情動焦点型対処として心を守る。
- 目を背ける=対処そのものを放棄しており、ストレスは解消されない。
行動療法(回避学習)
- 逃げる=一時的な退避として機能し、再挑戦の余地を残す。
- 目を背ける=避け続けることで「避ければ安心」という学習が強化され、不安がむしろ拡大。
認知心理学(認知的不協和)
- 逃げる=「逃げた」と認めることで自己矛盾を整理しやすい。
- 目を背ける=「逃げていない」と自分をだますことで矛盾が積み重なり、自己理解が歪む。
発達心理学(エリクソンの課題理論)
- 逃げる=課題を“延期”し、後で向き合えば成長の糧となる。
- 目を背ける=課題を“放置”し、次の段階でも同じ問題が繰り返される。
神経科学(ストレス反応)
- 逃げる=脳が「安全を確保できた」と学習し、回復の準備に入る。
- 目を背ける=脳は「脅威は続いている」と判断し、ストレス反応(コルチゾール分泌)が長期化する。
4. 健全な「逃げ方」の条件
- 問題の存在を認める:「今は向き合えない」と言葉にできれば、それは“逃げ”であって“否認”ではない。
- 再挑戦の余地を残す:「落ち着いたら考え直す」と未来に向けた道筋を持つ。
- 小さな行動を保つ:完全に放棄せず、予約や相談など「つなぎ」を残す。
- 支援を共有する:家族や友人に「逃げた理由」を話せば、それは孤立ではなく戦略的退避になる。
5. まとめ
逃げることは弱さではなく、心を守るための戦略です。
しかし「目を背ける」だけでは、問題は解決されず、不安は形を変えて追いかけてきます。
心理学的に言えば、逃げることは勇気、目を背けることは停滞です。
違いを知ることで、私たちは「どう逃げ、どう向き合うか」を選べるようになります。